スニーカーにはきかえて

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五條新町通り(五條市)

五條新町通りは江戸時代の紀州街道であり、今は吉野川と国道24号線に挟まれた1劼曚匹寮鼎な通りである。 平成10年から街なみ環境整備事業が進められ、通りは江戸時代の風景を再現しながら新しく整備されている。国道から通りに入ると急に喧騒が遠のき、タイム スリップしたかのような印象を受ける。

少し行くと創業280年という老舗の酒屋山本本家があり、その看板にまず目が行く。創業当時の物は今は店内に保管さ れているが、その看板は酒樽の形に「酒」という文字が表と裏に楷書と行書で書かれている。字体を変えているのは、昔、旅人のために方角を示したのだと山本 本家社長の山本陽一さんに聞いた。また創業当時の看板は墨自体は消えてしまっているものの、文字の部分が木から浮き出てその年月の長さを感じさせる。

元禄時代、新町通りで染物屋を営む赤根屋半七と遊女の三勝が心中する事件があった。その事件を題材に浄瑠璃「艶姿女舞衣」が作られ、今も代表的な演目とし て演じ続けられているという。今は「赤根屋半七宅跡」という看板のみがその名残を見せている。当時、心中は悲恋とされ文学として残された。今も心中事件は ニュースとして流れるが、後世にはどう伝わるのだろうか。 どんどん西に進むと所々に山本本家と同じように、煙草屋や牛乳店で商品を象った看板がある。新しい物もあるが、これは街なみ環境整備事業の一環で、今後も 増えるそうだ。江戸時代にはこんな看板が商店街を彩っていたのだろう。四角に文字のみの無機質な看板に比べ、人の温かみを感じる。

さらに行くと、神田橋の近くにコンクリートの建造物がある。幻と呼ばれる五新鉄道の跡である。列車が走ることはついになかった幻の鉄道。端が吉野川に向 かって切れている様子が見える。吉野を越え新宮に向かって延びるはずであった鉄道。今は風景の中に溶け込んでいるが、どれだけの人の想いが込められた鉄道 だったのだろうか。 ほんの1劼曚匹猟未蠅任△襦しかし、さまざまな時代の思いがこもった道なのだろう。国道の喧騒にぶつかると、再び現代に戻ってしまった感じがし た。(久)

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郵便創業当時のポストと同型の
書状集箱もある

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吉野川に延びる夢の跡

地図

五條新町通り

五條市本町