スニーカーにはきかえて

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日本武尊白鳥陵 (御所市富田)

古代の日本を舞台に、大和に従わない民族を次々と討伐したヤマトタケル。彼は、アニメや映画にも描かれている、日本神話の中でも最も有名な英雄ではないだろうか。東征からの帰り道、伊吹山で傷を負ったヤマトタケルは大和を目指すが、三重県の能煩野(のぼの・亀山市)で力尽き、亡くなったとされている。「日本書紀」 によると、能煩野で亡くなった後、白鳥となって飛び立ち、まず大和の琴弾原、次に河内の古市邑(羽曳野市)に舞い降りた後、天高く飛んでいったという。日本各地にヤマトタケル縁の地名や伝説が残っているが、最期に目指した地である奈良県にこの英雄の跡はないものか―。そんな思いから「琴弾原」とされる地を訪ねた。

場所は御所市冨田。国道24号線から室の交差点を東に折れ、車通りの多い道を進む。車の流れが左右に分かれる交差点をさらに東に進むと、そこからは民家がたたずむ静かな空気に変わった。「日本武尊白鳥陵」と書かれた小さな看板に従って進むと、民家の間の道に進むように示されている。細い道を進むときれいに整備された階段があり、登るとそこが御陵である。

「古事記」によると、ヤマトタケルは能煩野で亡くなる前に歌を詠んでいる。

倭(やまと)は 国の真秀ろば たたなづく 青垣 山籠(ごも)れる 倭し麗し

大和に戻ることを夢見ていたヤマトタケル。亡くなった後に白鳥となり大和に降り立っているという話は興味深い。御陵の前で後ろを振り向くと、金剛山や葛城山がそびえ立っている。羽曳野は山の向こうだろうか。御所市役所で聞くと、「御所市史」に「琴ひき原」と呼ばれる地の御茶山という塚が白鳥陵ではないかと書かれてあり、それが根拠となっているとのこと。御所市は亀山市、羽曳野市と3市で交流を持ち、毎年順番に催しを行っているそうだ。

神話の世界のヤマトタケル。その存在は想像するしかないが、日本人の精神世界には確かに存在している―。葛城山、金剛山の麓にのどかに広がる葛城の地を眺めていると、そんな気がした。(久)

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右側の石碑には
「日本武尊琴引原白鳥陵」と書かれている

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地図

日本武尊白鳥陵

御所市冨田