スニーカーにはきかえて

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2つの杵築神社 (安堵町窪田)

JR法隆寺駅に降り立つ、新しい駅舎はとても美しい。駅の南口からまっすぐ東へ歩く。畑の横の自転車道を通り、一般道を抜ける。ゆっくり歩いても、 25分ほどで安堵町の役場に着くことができた。役場角の信号から南下する。広い通りを歩くと住宅街を抜ける。畑や学校を横目に見ながら歩く。道の幅が狭く なってもまっすぐ進む。すると右手に神社の森が見えてくる。

「『吐田(はんだ)、窪田は、水つきどころ。嫁にやっても、荷はやるな』と言われているくらい、昔、大和川の堤防がよく決壊する地域だったのです」という のは歴史民俗資料館の橋本紀美さん。窪田の一番低い場所で海抜38m、大和川の方が高い位置にある。昭和35年の大和川改修まで、川は曲がりうねってい た。湿田も多く、土地に適したイグサを育て、灯心を作ることが盛んだった地域だ。

窪田地区は川上から、上窪田、中窪田、下窪田と地域の人からはこう呼ばれ、中窪田の杵築神社は1178年創建、窪田全体の氏神にあたる。下窪田にある杵築神社は、由来は不明だが、下窪田地区の神社である。いずれも素盞鳴命(すさのおのみこと)をまつり、江戸時代は牛頭(ごず)天皇宮地と呼ばれ、明治になっ て杵築神社となる。名前は同じでも、まったく違う神社である。

中窪田の杵築神社は開扉してあり、絵馬を見ることができた。社は川の改修の際に移築したため、それほど古い建物ではなかった。境内にあった凝灰岩でできた平安時代造立の層塔は、仏教に関係する梵字(ぼんじ)が掘られていて、神社の中に宮寺があったことを示していた。

次は南西へ、下窪田の杵築神社を目指す。このあたりは家が少なく視界が広い。葛城山、天理や桜井方面の山々まではっきりと見える。

下窪田の杵築神社は、古い家並みの一角にたたずんでいた。掃除が行き届き、人々に大事にされているのが分かる。大和川の堤防は、多くの車が往来している。一筋道が違うだけで静寂な環境である。

日が傾き、木漏れ日が屋根を照らす。そろそろ帰る時間がきたようだ。(え)

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中窪田の杵築神社

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下窪田の杵築神社

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灯心になる芯を、イグサから抜く技術を
持つ胡内健造さん(85)。
継承者に技術を伝えている

地図

中窪田杵築神社、下窪田杵築神社

生駒郡安堵町