スニーカーにはきかえて

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竹林寺・行基の墓(生駒市))

地図で「行基墓」という文字を見つけた。「行基」といえば、奈良県民であれば近鉄奈良駅前の噴水に立つ像を、まずは思い浮かべるのではないだろうか。「行基さん」で待ち合わせをしたことがある人も多いだろう。その「行基さん」の墓が生駒市にあるというので、出かけてみた。

第二阪奈道路の南側を、国道168号線から少し西の住宅地に入る。車が1台通れるぐらいの道を進むと、「竹林寺」の看板が見えた。名前の通り竹に囲まれた坂道を少し上ると、まだ新しい本堂ときれいに整備された庭が広がっていた。本堂の向かって右手に「史跡 行基墓」が。左手に中世の時代に竹林寺を支えたという忍性の墓がある。

行基は奈良時代、貴族のためのものとなっていた仏教を民衆に広め、橋やため池を作るなど民衆のために社会事業を行ったとされている。その行基がこの近くに一時期居を構え、母親の最期をみとったそうだ。その後、聖武天皇より大仏建立のために招聘( しょうへい)されるが、82歳で人生を終えると母親の近くに眠りたいと、この地に埋葬されたという。

その後すぐに寺として栄えたわけではなく、鎌倉時代になって行基の墓が掘り起こされて発見され再興。しかし明治の廃仏毀釈により廃寺同然となったという。再び復興されたのは、20世紀も終わりに近い平成9年のこと。故・中尾良蔵氏が中心となり、本堂を再建。各地に散らばっていた行基の顕彰碑なども集めたそうだ。それから、ボランティアで自主的に掃除をしたり、樹木の手入れなどを行っている。

「静かに手を合わせることができる場所です」と話すのは、境内で出会った森妙子さん(67)。鍵を預かり、寺の管理を委託されているそうだ。毎月2日の行基さんの月命日には、本山である唐招提寺から法要に来られ、茶話会も開催されるという。「行基さんのことがもっと顕彰され、若い人にも訪ねてきて欲しい」と森さんは話す。

近くには国道や高速道路が走っているが、少し高台になっている境内にはすがすがしい空気が広がっている。1300年以上昔の奈良に都があった時代、人々のために尽力した高僧に、そっと手を合わせたいと思った。(久)

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本堂の右手にある「史跡 行基墓」

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中世には多くの僧が修行していたという

地図

竹林寺

■所在地
生駒市有里町211-1
■TEL
0743・77・8830