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佐保川天満宮 佐保川地蔵尊(奈良市)

先日、ある取材で知り合った“佐保姫”という女性。彼女を祀(まつ)る社があると聞き訪ねた。

まず向かったのが奈良市西包永町にある佐保川天満宮。明るい朱の色が晴天の空に良く映えている。この天満宮は「草天神」や「茱萸(ぐみ)天神」とも呼ばれ、広く信仰を集めているという。

もともとは多聞山、今の若草中学校に祀られていた「佐保姫明神」。戦国時代に松永弾正久秀が多聞城を建てた時、戦火を逃れるためにこの西包永町に移されたのではないか、と西包永町の自治会がまとめた「佐保川天満宮由緒考」には記されている。残念なことに、1700年代に佐保姫明神は今在家町に移され、さらに現在は手向山八幡宮摂社住吉社に合祀されているそうだ。手向山八幡宮に尋ねると、今在家町に社は残っているらしい。

佐保川をさらに上流に行き、細い路地を入ると佐保川地蔵尊という、お地蔵さんがたくさん集められ、祀られている場所がある。新しい花が供えられ大切に守られている様子がうかがえる。その奥には2つの朱塗りの社があり、これが天棚機姫神社(佐保姫神社)と桜七所明神社である。

もらった資料によると、桜七所明神社は吉野山と関わりがあるようだ。そして、天棚機姫神社は佐保姫神社として知られている。このあたりは奈良晒(ならざらし)の盛んだった地域でもある。紅葉の竜田姫に対し、佐保姫は桜と結び付けられるが、機織りとも関わってくるようだ。「近くにこんな話があるということを、今のうちに聞いておかなければ、子どもたちの代まで話が伝わらなくなる」と奈良街道まちづくり研究会会長の山口育彦さんは語る。

反逆者となった兄とともにその身を散らせた皇后、佐保姫。神話の世界に描かれた彼女は、戦国時代にもその名を現し、現代においても地名として、また祀られてその存在を示している。そこに、桜の化身と呼ばれる彼女の強さを感じるのは、私だけだろうか。(久)

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菅原道真を祀る社の両脇を
牛が守っている

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地蔵尊の地蔵は佐保川から
発見されたという

地図

佐保川天満宮

奈良市西包永町