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常盤の森(奈良市) 日本史の英雄 源義経が生まれた地

今若、乙若という2人の子どもを連れた身重の女性、常盤御前。旅の途中で産気づき困っていたところに長谷川金右衛門という男が通りかかり、家に連れ帰って世話をした。その時に生まれた子どもが牛若丸。後の源義経である―。

そんな伝説があると聞き、柳生の地に向かった。常盤御前が産気づいたというその場所は、JAならけん大柳生支店と国道369号線の間の遊歩道を進む途中にある。小川の流れるのどかな田園風景の中を進むと、道を覆うように小さな森があり、木々に守られるようにして大きな石といくつかの石造物があった。文字も彫られているが、何と書いてあるのかは分からない。元はこの道が柳生街道であったという。道を示しているのか、もしくは牛若丸が生まれた場であることを記しているのか。

常盤御前を助けたという長谷川金右衛門の子孫がいると聞き、訪れた。長谷川家は今も当時と変わらず十兵衛杉の近くにある。「当時はわらぶきだったでしょう」と話すのは長谷川秀子さん(84)。秀子さんによると、牛若丸が鞍馬寺に入った後、長谷川金右衛門と一緒に棒術を練習するようになり、生まれた時に世話になったお礼にと「天逆鉾之巻(あまさかほこのまき)」という棒術の流儀と掛け軸を長谷川家に授けた。その後、金右衛門は柳生に道場を作って弟子を 取り、柳生藩長谷川棒術の祖になったのだということだ。流儀と掛け軸を授けた場所が「あたへ(与え)橋」で、今は「阿対(あたや)橋」の名で残っているという。

長谷川さん宅の床の間には牛若丸から授かったという掛け軸が掛けられていた。不動明王とイノシシ、そして「奥之院」という文字が書かれている。そのため長谷川さんの家では昔から4つ足の動物は食べなかったそうだ。

日本史上、最も愛されていると言っても過言ではない源義経。その足跡は全国各地に残っているが、このような話が今に伝わりその場所や掛け軸が残っていることに、彼が歴史上の英雄であることを改めて感じずにはいられない。(久)

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昔はもっと大きかったという常盤の森。
中に石造物がある。

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義経から授かった流儀と掛け軸

地図

常盤の森

奈良県奈良市大柳生町