スニーカーにはきかえて

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カントリーパーク大川 (山添村)

大川と書いて「おおこ」と読む。これを聞いて小学校の教科書に載っていた大川式土器を思い出す人は多いだろう。五月橋バス停から2km、カントリーパーク大川は名張川沿いにある。縄文人が定住し始めた縄文初期時代の場所に行ってみることにした。

五月橋からカントリーパークの看板をたよりに、どこまでも進む。車に出会うことなく、途中の目印は何もなく、川沿いの一本道を進むと突然ひらけた土地が現れ、公園がすぐ目の前に広がる。カントリーパーク大川はキャンプ場施設を備えた公園として4年前にオープンした。

管理棟に土器発見時のパネルが飾られ、公園の中ほどに大川遺跡と書かれた看板と竪穴式住居を1つ展示している。紀元前1万年前の縄文時代の遺跡といえば、 近畿では数少ない貴重なもの。土器などの資料だけを取り出し、再び埋めて公園となった。山添村の縄文時代の遺跡は大川だけでなく、布目ダム湖に沈んだ桐山 和田遺跡、北野ウチカタビロ遺跡など複数居住跡が見つかっている。

大川遺跡発見前は田畑として利用されていた。今はキャンプ、バーベキュー、釣り客も利用する緑豊かな公園となる。管理棟そばのカラフルなローラー滑り台、芝生広場が広範囲に渡って広がって、大人も子どもものんびりとできる施設となった。

「キャンプに訪れた人が食べてもらえるように、今年ブルーベリーやラズベリーも植えました」と管理人の馬場淳さん(29)は話す。前管理人が植樹したクワの実も食べていいそうだが、野鳥と取り合いになっているようだ。
テントサイトは川沿いの小高い場所にある。川が増水したときは安全を考えて、遺跡発掘されたところで寝る許可を出すこともあるらしい。テントの下は遺跡。 古代の人も同じ場所で眠っていたかと思うとロマンが広がる。発掘された土器類は五月橋から役場の方向へ約3.5km、小学校のとなりの歴史民俗資料館に展 示されているそうだ。
カントリーパーク大川は今と昔がつながった不思議空間。名張川は水量が多く、釣り人がコイやアユを釣り上げる。いにしえの人々も魚を捕り、この地で定住を決めた。時代を経ても変わらない光景なのかもしれない。 (え)

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大きなクスノキでツリーハウスを
作りたいと夢が広がる馬場さん

地図

カントリーパーク大川

山辺郡山添村