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狐忠信の碑(吉野町吉野山)

吉野山は時代を越えてさまざまな歴史の舞台となった地である。また、歌舞伎や文楽の人気演目として度々上演される「義経千本桜」では、花咲き乱れる 美しい場面として吉野山は重要な舞台となっている。その「義経千本桜」の主人公の1人、狐忠信の碑があると知り吉野山に向かった。

その碑は脳天大神に向かう参道にあるという。脳天大神へは蔵王堂横の階段を降り、吉野朝宮址も通り過ぎてさらに数百段という階段を降りなければならない。

急な石段が眼下に続き、降り始めるには少し勇気が要る。参道脇には墓や小さな神社があり、何度か鳥居をくぐった。蔵王堂がかなり遠くなったころ水の音が聞こえ始め、橋を渡った所にその碑はあった。

「狐忠信霊」と彫られた石碑が、色鮮やかな紅葉のじゅうたんの上に建っている。碑の後ろは崖となっており、空ははるか高い所にある。聞こえるのは川のせせらぎのみで、いつ狐が現れても不思議ではない雰囲気である。

歌舞伎の「義経千本桜」では、静御前が佐藤忠信に付き添われて吉野山を義経の元に向かうが、実はこの忠信、静が義経から預かり持っている初音の鼓の皮となった狐の子であるという設定。静御前との道行きや、本物の忠信との早替わりなど見せ場も多い、まさに主役である。

蔵王堂で出会ったお坊さんに聞くと、この碑は芸能の神様として信仰され、バレエを習っている子などがお参りにやってくるそうだ。「人から敬い愛される存在になれるように、という思いが込められています」と、そのお坊さんは話してくれた。

吉野山にもう一つ、こちらは本物の佐藤忠信にまつわる話が残る地がある。上千本と言われる場所で、先ほどの蔵王堂などをはるか下に見下ろす地にある花矢倉。この地で義経主従を逃がすために忠信が義経の身代わりとなり、敵を追い払ったということだ。

史実かどうかはともかく、このような話を元に狐忠信が生まれ、現代まで演じ続けられているのだろう。佐藤忠信とともに狐忠信も、確かに吉野山にはいたのではないか。そんな気になった冬の1日だった。    (久)

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狐忠信碑

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花矢倉からの風景

地図

狐忠信の碑

吉野町吉野山