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小金吾の墓(大淀町)

義経千本桜の登場人物・小金吾は平維盛の家臣で、維盛の妻の若葉の内侍と息子六代君を守り、藤原朝方の追っ手に立ち向かって命を落とす「小金吾討死の段」としても有名な見せ場である。実際、義経千本桜は源平合戦からはるか後、江戸時代中期の作品。小金吾という人物がいてモデルとなったのか、それとも時代の英雄だったのか、真実は分かっていない。近鉄下市口駅から約2卷未砲△詒爐諒茲鯔ねてみることにした。

大淀町役場を過ぎて国道169号線へ。まっすぐ北上すると右手に畑屋の郵便局が見えてくる。そのすぐ左手に大きな木があり「小金吾の墓」の看板がある。大字は檜垣本(ひがいもと)、でもこの辺りに住む人は金吾町(きんごちょう)と呼んでいる。

「檜垣本の範囲は広く、昭和56年ごろ約100軒ほどになった畑屋口地区を金吾町(小字)として分区した新しい名前です」と郵便局の場所に家がある桶田隆二さん(62)は話す。

車が行き交う国道をわたって桶田さんと小金吾の墓へ。木の下にある小金吾の墓とかかれた方は石碑。本当の墓は凹凸もはっきりしない石の方なのだそう。

桶田さんは「小金吾は下市の有名人だったという人もいます。本当はどんな人物か不明なのです」とさらに説明する。

自治会で草刈りをして墓の周辺はすっきりしていた。年に数人墓参りする観光客や、墓石を拓版する研究者も訪れている。

「亡くなった母は20年前に、当時の中村勘九郎さんが墓参りしていたところを見たそうです。とてもうれしそうにしていた母を覚えています」と墓の隣に住む水本都子さん(70)は話す。

小金吾という人物は実在し、この場所で活躍し、この場所で眠っている。金吾町となった町を見たらさぞ驚いたのではなかろうか。(え)

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小金吾の墓は下市の弥助が
管理している

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小金吾の墓

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桶田さんと石碑

地図

小金吾の墓

吉野郡大淀町